2011-03-13

東日本大震災、うちの場合。

ウチの庭の様子。
地震で倒れた訳ではないけれど、
横に大きなヒビが入ってぐらついてたので被害が出る前に倒しました。

3月11日、15時まえ。震度6強。
仕事に追われmacと向かい合っていたら、ゆらり、と揺れた。
どうせすぐ止まるだろうと思い、怖がる犬を抱えてじっとする。
・・収まらない。さらに揺れが強くなる。長い。
家ごと持ち上げられてユサユサ振られているような感覚。
家のあちこちで物が落ちる音。家がきしむ音。恐怖。
ダブルベッドが部屋の真ん中まで来た。ひぃー。

とりあえず昼寝しに帰ってきていた義父のところへ行き、家の中は危ないからいったん家の外へ出ようと提案。

揺れが続く間、義父は2匹の犬を抱える私を気遣うことなく、私の提案に答えることもなく、ただ寝ていたベッドに腰掛け、そこから手の届くテレビを支えるだけだった。
頼りにならないので大きな揺れがおさまった後私は一人で犬を連れて家の外へ出た。

近所の人と安否を確認し、もう一度家の中へ。
義父は「家の中は怖い」とテレビを見るため車に引きこもってしまった。

私は余震が続くなか、犬を抱えつつ出来る範囲の避難道具を揃える。
もしも、と買っておいた無印の懐中電灯が活躍する日がくるとは。
ちなみにその懐中電灯以外、ウチには明かりがなかった。

結婚後同居を初めて数年だけど、義母が亡くなるまでは家のことはお任せしていたので
まだ家に何があるか全ては把握仕切れていない私。やみくもに収納を開けてみる。
義父が家の中に戻ってきたが、一緒に作業をすることはなく自分用に毛布とお菓子をかき集めて再び車の中へ。

電気が止まり、水道ガスも使えず、電話もつながらない。
夕方になり、だんだん陽も落ちていく。
仕事場にいるダンナとも連絡がつかない不安。

そんな中、「本家(家から車で数分)が心配だから・・」と私を残し出かける義父。
ぐらぐら揺れる薄暗い家で一人(と二匹)。
心配なのは分かるけどあっちはアンタの兄やら従業員やら大人がいっぱいいるでしょうが!
なんで目の前の私を一人にしてまで・・と不安と怒り。
まあ言えるわけもなく送り出す。
やることなかったみたいで1時間くらいで帰ってきたけど。
あちらに人手があるのはわかりきってたじゃん、バカじゃないの・・
どうせ行くならこっちに誰か連れてこいよ・・

ダンナとようやく連絡が取れる。店は天井が抜けたという。
信号が止まっているのでノロノロ運転でしか帰れないとのこと。
ダンナが帰るまで、家は暗いし余震もあって危険かな、ということで義父の車へ。
カーナビのテレビはノイズだらけであまり当てにならず。
たいして電波の良くない砂嵐混じりのテレビを見ながら「この車に地デジ付けて良かっただろ〜」と鼻高々。私はその間適当に相づちを打ちながらtwitterでガッツリ情報収集、メールで方々に安否確認。
twitterが唯一の情報源で心の支えでした。
隣に座ってる役立たずのオッサンよりも数倍助かった。
フォロワーの人ありがとう。

水道が止まっているのでトイレも満足に使えず。
少し残っていた飲み水をタンクに入れ、ようやく流せる状態。
その水も尽きて結局便器に諸々をため込むことになる。
下水も止まっているのか、町が公衆トイレのようなにおい。
義父は「家の中は怖いから」とトイレにすら行かず、家の脇で放尿。
やめてよ・・・なんで目先のことしか考えないんだろう。

完全に陽が落ちるまでに出来ることはしておこうと思い、とりあえず冷蔵庫の中をチェックし、すぐ食べられそうなものを調理しておく。ダンナもお腹すかせて帰ってくるはず。

やっとダンナが、普段20分程度のところ4時間かけてなんとか帰宅。

夜。真っ暗闇。
たまに家の前を通る車のライトと、通行人の懐中電灯が揺れるだけ。
普段見られない満天の星。キレイだけど、それが余計恐怖を感じた。

車にいても状況は変わらなそうなので、家の中で寝ることに。
義父は家が怖いらしく「俺は車で寝る」と言い張ったのでもう放置。

とりあえず外に出られる服のまま就寝。
寝ていても地震の前の地響きでハッとなる。落ち着かない。
揺れてるんだか、私が震えてるんだか、訳分からん。
真っ暗な空に自衛隊か報道ヘリの音とその音で揺れる窓ガラス。

明けて12日。状況変わらず。
天気がいいのがせめてもの救い。明るさが力になる。
義父は結局車の中で一夜を過ごし、ノイズだらけのテレビをただ眺める。

私は朝食のサンドイッチを準備したあと、外に出て情報収集。

・・すると、バケツを持って歩く人を見かけた。

義父「あの人ずっと往復してんだよ、何してんだか分かんめぇな(笑)」

・・お い !
この状況でバケツ持って往復してる人がいたら、どこかで水配ってるってことだろうが!!!
なにボーッと見てるんだろうホントにこの人。使えない・・

急いでその人を追って声をかけ、近所の小学校で水を配布している情報を得る。
ダンナを起こし、家にあるだけのバケツやボトルを持って小学校へ。
飲料水と、トイレ用にプールから水をくみ、当面の生活用水ゲット。
やっとトイレ流せる。顔洗える。

義父はしばらく私たちのやりとりを車の中から眺めた後ようやく水くみに参加。
まあ数回リレーに参加するだけのポーズ。
ホントに義父役に立たない。クズ過ぎる。

まだまだライフライン復旧の様子なし。
この頃からデマなのかいろんな情報が口コミで流れる。
水戸駅周辺が壊滅的、隣町は電気がもう通っている、
原発が爆発して云々・・といったかんじ。
全部信じたら身が持たないので、気にかけつつ半分はスルーさせる。

たまにケータイが電波を拾うので、メールを打ち溜めておいて、
出来る限り知り合いや仕事相手と連絡を取る。通話は全然ダメだった。
締切間近だったので、震災とは別の焦りもあったけど、
さすがに仕事相手も状況を理解してくれているだろう、とあまり気にしないようにした。

水戸市の車が「電気・水道じきに復旧します」とアナウンスしてまわってた。
具体的な時期は何も言わないし、ただ音声テープの繰り返し。
たぶんパニックを避けるのが目的だろうと期待せず。

近所の公民館や学校には、飲料水と少量の乾パンしか配る物がないようだった。
この町には備蓄がないのか。まだ被災一日目だというのに。恐ろしい。
市の職員が一人学校に来ていたが、ラジオでしか情報を得られていないらしい。
自治体も混乱している様子。それだけの大災害なんだろう。

我が家の食料は冷凍の保存食と菓子くらいしかもうない。
やむを得ず冷たいカレーに半解凍のうどん。体が冷えるけどないよりマシ。

「やっぱりカレーうどんは温かい方がいいよねぇ(笑)」って義父。
やかましいわ!
何もしてないくせに食わせてもらってるだけ有難いと思え・・

公衆電話で緊急通話ができるという話を聞き、近所の公衆電話で方々に連絡を取る。
ダンナも仕事関係の連絡がようやくついた。
ここでダンナの会社の本社がある柏や首都圏は通常に戻りつつあることを知る。
取り残された感じがした。

昨日の午後は水くみと公衆電話への往復以外、何もすることがなかった。
ただ余震を感じながら、家の中でまんじりと。

薄暗くなり、今夜も停電のままかとあきらめていたら
19時、近所で水道、電気やガスが使える情報が入る。

蛇口をひねると水が出た!
コンロもついた。ブレーカーをあげたら、家中の家電が一気に活動。
細々とライフラインが復活してきた。ひとまず安心。
 #後日談ではガスは早々に復帰していたようだけど、確かめる余裕なかった
お湯を沸かし、スープを飲む。温かい。ほっとする。
それと同時にテレビで福島の生々しい情報を目にして改めて恐怖。
水戸の比じゃない、こんな状況で凹んでいたことが恥ずかしくなる。

まだ余震は続いているので、とりあえず避難の態勢は保ちつつ
暖かい明るい部屋で寝る。熟睡というわけにはいかないけど。

明けて今日。
ダンナは店の片付けに朝から出かける。
手伝ってくれるアルバイトのためにおにぎりを準備して持たせた。
義父は午後から本家(兼事務所)の片付けに行くというので、家は私一人で片付け。
(午後から出かけるなら午前中手伝ってくれたっていいんだが
 そして人手がある本家より家を優先してもいいと思うんだが)

・・まあいい、義父にはもう何も期待してはいけない。

時たま起き出して気まぐれに自分のベッドと、義母の仏壇を掃除するが
途中で放り出してまた布団に戻ってしまう。
これは震災でうつ症状が出てるのかな?
分からないけど家長たのむよーという感じ・・

私はというと、とりあえず夫婦の部屋をあらかた片付け、
家の様子(損壊等)を素人目ながらチェック。(これこそ義父にやってほしいのに)
割れ物はなさそうだ、水漏れやガス漏れもなさそう。
壁にねじ止めで取り付けた家具や飾りは、少し浮いている。
トイレのパイプも壁から抜けている。パイプ自体の破損はなさそう。
壁紙こそ破れていないが、その内側の壁はヒビが入ってる。
家がだいぶ揺れたので、柱や階段がきしんだ時に出た塵が床に散らばっている。

家の状況と補修の必要性を義父に報告するも、「そっけぇ・・」
あまり耳に入っていないし、今後のことまで考えが至らない様子。
そのくせ「本家では○○の機械が△△なことになっててよぉ」と
本家の被害状況を嬉しそうに話し出す。
知るかボケ。黙れボケ。

昼にダンナが帰ってきたけど、結局お店を開けることになり再出勤。

そのため今日少し買い出しに行く予定だったけれど中止。
「自転車でいくかな」と言うと、義父は「いいよゴハンは簡単で」と無神経な一言。
そこは嘘でも俺が車で連れてってやろうかという言葉が欲しかったけど。
結局買い出しはやめて、家のもので何とかしのぐことに。

出かける予定がなくなったので、家で出来ることを。
私は今日中には仕事を再開させたいので、諸々家事をこなす。
義父は結局本家(事務所)に行くわけでもなく、
気になっていた義母のお墓の点検に行くわけでもなく、
放り出した仏壇の掃除を続行することもなく、
ただ布団に潜ってテレビを見ながら寝ている様子。
掃除機をかけても退こうとしないし・・
たまに自分で抱えてる甘いお菓子に飽きたのか、私たちのお菓子(しょっぱい)を取りに来る。
まあ未曾有の大惨事だからパニックなんだろう・・ということにして放置。

とりあえずひとりでできる範囲だけど、生活は元通り(に近づいた)。
揺れの恐怖はぬぐえないけれど、しばらくは仕方ないと割り切る。

仕事は夜から再開することができそう。

東北は30年に一度、茨城県沖も20年に一度の周期で
このような大地震が起きるとのこと。
今後ここまでの規模かはさておき、大地震がくる可能性はあるわけで、
いろいろ課題が生まれました。
まず自分がしっかりしないとダメなんだな。
ダンナは仕事場が第一にならざるを得ない立場なので、義父がクズであることが分かった今、家の事は私がやるしかないと。

これまで震災のニュースを聞いても、どこか他人事のような感じでしたが
やっぱり防災の準備は必要なんだなと今更ながら実感。
落ち着いたらいろいろ整えます。

これからまだしばらく、twitter上では吐き続けると思うけど
すみませんが生ぬるくおつきあいください。

最後に、
こわかったー
というか、今もこわいわ。
でも福島のことを考えるとあまり騒いでいられませんのでこの辺で。

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コメント4件

 border. | 2011.03.13 18:25

無理して我慢したらあかんで。苦しかったら苦しいって言うんだよー。必要な事があったら遠慮なく言う様にね。

 jolie | 2011.03.13 18:32

ありがとうー
余震にびくびくしながらも、とりあえず通常運転。

 カラシ | 2011.03.17 17:38

こちら神奈川、私も今回の震災は他人事ではありませんでした。
停電のなか、避難所になった勤務先で、走り回ったのです。

ただ、じょりさんの一言
「普段見られない満天の星。キレイだけど、それが余計恐怖を感じた」

私は満点の星を見ても、恐怖は感じなかった。
やはり、自分は被害が軽い状況下にいるんだと痛感しました。

 jolie | 2011.03.17 19:04

これだけ大規模だと、無関係な人なんていないんじゃないかな
今もガソリン節約のためにか車の往来も少ないし
外に出る人も少ないので不気味ではあるよね。
早い復興をいのるばかりだよ。